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エリコのオランダ堤防見学記

                 諫早干潟緊急救済東京事務所 二村絵理子


オランダ 東スヘルデ・ハーリングフリート堤防見学報告

 ラムサール条約バレンシア会議に伴い、国土の半分が海面下であり治水を命題
とし、その結果として「高潮防潮提型(常時解放・高潮時閉鎖)」を選んだオラン ダの堤防を,諫早の今後の参考として見学しましたので報告します.
 特にハーリングフリート河口堰は干潮時に排水し堤防内を淡水に保つ諫早と同
じ様式ですが,世論の高まりが国を動かし、環境アセスメントを行い,将来を見据
えた決断をしました。多方面から調査・議論し、市民への情報公開を経て「海水
を入れて汽水域を回復させる」案を決定したのです。諫早の今後の良いモデルと
して訪問しましたが、地元住民の声に一度造ったものを元に戻す事の難しさも考
えさせられました。

 12月7日には長崎大学で行われたジョイント・シンポ「諫早湾締切が有明海

 @ハーリングフリート河口堰                                     (2005年から水門開放に変更)
に及ぼす影響の検討」に参加し、新たな視点での研究や、報告に影響を受けて今
後のテーマを模索する科学者の姿に頼もしく思いました。又、「間に合うかなぁ
…」とつぶやく声に、データが得られれば研究が進むのに、一方では前面堤防が
築きあげられつつある事へのジレンマも感じました.

 話し合い、考えるべき時に強行して造ってしまえば禍根を残す事は必須です。
「治水」という問題に真正面から取り組むオランダの政策には、日本が学ぶべき
多くの事柄が集約されています。

2002年11月17日〈土〉オランダ東スヘルデ・ハーリングフリート堤防見学
 オランダは、全土の平均標高が−4m

【2つの堰について】・・・日本で入手した資料から
                      @ハーリングフリート河口堰     (別添写真 @ A) Aハーリングフリート河口堰

 1953年の死者1835名を出す大災害を2度と起さない為にオランダと北海の間に
河口堰を連続して建設し、高潮の流入を防ぐデルタ計画として1955年に建設が始
まり1970年に完成。川の水は海に流すが、海水の浸水を防ぐ。
1971年、運用して1年で大規模な水質悪化(ライン川が高度成長期で一番汚れて
いた・水質基準の強化は1980年頃から)。
岸の侵食・汚染物質の堆積と言った環境への影響等が生じる.
 
A東スヘルデ湾の高潮防潮堤(開閉可能な水門)    (別添写真 B)

 @や失われる自然の大きさによる世論の高まりにより1975年の絞め切りを目前
に、絞め切り型から、水門は常時開放し高潮が起こる時に閉鎖する高潮防潮提 
型に計画を変更。1986年に完成。水門を閉める期間は1年間で20日程。

Bハーリングフリート河口堰の河川計画の変更
                B東スヘルデ湾の高潮防潮堤                                        (水門は常時開放)  運輸公共事業水管理省により1994年から汽水域回復の為に行う環境アセスメン
トを開始し、水門の3分の1を常時開放し大規模な汽水域の回復を目的とする潮汐
調節代替案が2000年に国会で承認される(4つの代替案の中からコストと効果の
バランスにより判断)。
 2005年に第1段階として水門の10%相当を開放し、2015年に最終段階の実施と
なり、水門の3分の1を95%の時間解放する予定(農業用水・飲料水の生産の為取
水口の位置を変える)。次の段階に進む時にはその都度意思決定の手続きが取ら
れることになっている。

【現地報告】*英語に自信が無いので参考程度に
●東スヘルデ                                   
 島と島の中央に人工島を造り、WATERLANDというテーマパークにしている(KLM
の機内誌でもオランダのレジャー施設として紹介)。  
                                      Cデルタ計画全体図  水門の開閉を管理している建物(諫早で言う干拓事務所のような)の中が展示
場にもなっていて、オランダと治水の変遷を学べます.1953年のオランダ大洪水
の写真・当時の物の展示、閉め切りによる生態系の変化(海水→淡水)のビデ
オ、オランダで洪水が起きる様子の模型、堤防を閉めたことによる流水の変化の
模型、レストラン・土産物店等、家族連れが結構来ていました(私には予想外で
したが、治水が命題となっている国だと再認識する)。
                         (別添写真 D)
        
 日本で事前にアポが取れていたMR.SEPによる説明.技術者と言う事で、開閉可
能な水門の建設方法の説明がメインで見学者用のビデオを見る.
 ビデオで見る東スヘルデの完成時には皇室の女性が壇上に立つなど、国を挙げ
てのお祝いでした.
                                     Dテーマパークの海岸模型 【MR.SEPの説明から抜粋】
  ・大水害前のの堤防は海側はコンクリートだが、陸側は土。その後は両方コンク  リートにする。 ・1970年代初め、汽水域の大切さを人々が言うようになり、高潮が来た時だけ閉  め、通常は開けると言う政策となる。 ・750m。750m、1500mの3ヶ所から成り、上は道路となっている。 ・堤防の基礎には50m×200m幅の酸素を含むマットレスが引いてある. ・気象条件により潮位が3mを越えたら水門を閉める(4.3mを超える確率は  1/300年、5.25mを超える確率は1/4000年)。 ・流速の変化(工事により島と島の間に人工島が出来,断面積が減った事により  流速が速くなる。断面積 工事前75,000平方m・流速2,7m 工事後 15,000平方 m・流速4.5m ・生態系の変化について質問したが、自分はテクニカルの分野のものなのでよく  わからないが、そう大きな変化はないと言っていました(工事後、砂が流され 15%が失われたと言っていたので,生態系に詳  しい人に聞けば別の答えが出ると私は思います)。    説明・ビデオ後に堤防の通路に入り見学・説明を受ける(ここも展示が充実し ていて、現在の海の状況がデジタルで表示されていたり生の情報も得られる)。    説明も一段落付いたのでMR.SEPに「このような堤防は日本でも可能か」と聞い たところ,「YES」と答え,ラムサール用英語版ISAHAYAチラシを見せた所、真剣 に読み「全く同じだ」と言い、「淡水化」が問題だ・重要な事は「開いている 事」だとアドバイスをくれました(原戸さん曰く、ISAHAYAチラシがあったか ら、ただの見学者ではないと態度が変わったと)。SEP氏ものって「FIGHT  AGAINST GOVERNMENT!」と海辺で叫ぶ妙な一行でした(政府とは協調しなくて は…とは思ったのですが)。 ●ハーリングフリート              (別添写真 5、6)   当初、ここは見学できる場所では無いと思い、道路越しに堤防を見る予定だっ たのですが,現地についたところ1953年の大水害のビデオが日本語で見られ、ガ
イドに付いて堤防内の見学も出来たので予定を変更しての見学となりました.

・ビデオは1953年の大水害の状況で、家の屋根に取り残された人々が船・飛行機
で救出されたり,助かっても交通手段が無いので避難するまで荷物を持って歩く
しかないといった悲惨なものでした.
・大水害を受け、又,灌漑用水・工業用水・飲料水として淡水が大切であり,そ
の供給源としても「デルタ計画」が施行され、ハーリングフリートは堤防内の水
位を保つ為の排水を行う場所としても選ばれたとの事です.
・ハーリングフリートを閉めきる事によって水位が高くなり,ロッテルダム等の
塩水の流入も防いでいるとの事。
・河口堰の長さは水門1kmとダムが2kmの全長約3Km。上は道路となっている。
  
ガイドの説明も終わったのですが、期待していた国の汽水化の話が出ず、聞いて
みたところ

【ガイドのおじさん】曰く、
政府決定は知っているが実現は出来ないとの事.理由としては
・コストがかかる。
・淡水の方が良い。
・工業の人たちが反対している(工業用水として使われている).

【レストランで働くウェイター(ガイドより若い)】曰く
・生態系・漁業を考えると再生の考え方はOKだ。
・しかし、コスト・補償問題・工業用水・農業用水を考えると難しい.
・地盤沈下も心配

情報公開の努力を重ね、反対していた人々も条件付きで賛同してくれるようにな
り、河川計画の変更が決定されたと聞いていたので、これ等の地元の人達の声は
(少数の意見かもしれませんが)予想外でした。

東スヘルデとハーリングフリートではそれぞれの立場で意見が違うのは、それぞ
れの職場意識に基づくプライドもあるのではないかと思います。
又、出来て30年となり、淡水湖として人々の生活にある程度浸透している・ロッ
テルダム側の塩水化も防ぐという広域での役割も果たしていることから、政府決
定であってもこれからが山場なんだと、その難しさに考えさせられました。

しかし、諌早と較べれば、地形からして淡水化のスケールが違うこと、北海とい
う外海に面していることから,相当な違いがあります.諫早の調整池では淡水と
しての使用はまず無理ですし、有明海という閉鎖性海域だからこそ自浄能力を高
める事が必要であり,汽水域の回復が重要です。
ハーリングフリートもこのまま水門を閉め続けていれば、表面上は目に見えなく
とも環境は確実に悪化していきます。それを知ったオランダは環境アセスメント
を施行し、多方面から調査・議論し、市民への情報公開を行い,将来を見据えて
困難を克服すべく決断をしました。このような姿勢と行動に、治水を初めとし
て、日本が学ぶべき点が多くあります。

諫早の件と言い、問題が生じているのに「目をつぶって突っ走る」のではなく、
「立ち止まって問題と向き合う」姿勢が日本に必要だと、治水に真っ向から取り
組んでいるオランダの訪問で思いました

諫早干潟緊急救済東京事務所 二村絵理子

天野礼子さん、東梅貞義さんの報告資料と下記HP等を参考にしました.
http://www.haringvlietsluizen.nl/

                     
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